三遊亭圓生 昭和の名人 現代の落語界の基礎を作ったレジェンド  

三遊亭圓生 落語・漫才

三遊亭圓生 「昭和の名人」

三遊亭圓生

落語の事をもっと勉強したいんだけど、今の落語界の基礎を作ったのは誰かしら?

三遊亭圓生

やはり三遊亭圓生師かな。
昔の人だけど、その価値を再認識してもらいたい落語家だよ

現在は便利な世の中になったものです。YouTubeでいつでもどこでもスマホさえあれば、名人と言われる落語家、勢いのある若手落語家の高座を聴くことが出来ます。

そのおかげか、落語に対して関心を寄せる人が増えています。寄席なんかは土日祝日は満席になります。落語界は隆盛を極めつつあります。

落語への関心が集まっている現在だからこそ、改めてその価値を再認識して頂きたい落語家がいます。

六代目 三遊亭圓生です。

昭和の名人三遊亭圓生

現在の落語界の基礎を作った

圓生師匠は現在の落語界の基礎を築いたといっても過言ではない昭和の名人、レジェンド落語家です。その精神は談志志ん朝先代円楽小三治柳家さん喬師匠ら次の世代に受け継がれました。

談志師匠の弟子は立川志の輔師匠、談春師匠ら落語立川流の面々、小三治師匠の弟子は柳家三三師匠、さん喬師匠の弟子は柳家喬太郎師匠です。

現在の落語界を支える錚々たるメンバーですよね。この事からも、圓生師匠の落語が現在に受け継がれているのは間違いがありません。

私は、「文七元結」「らくだ」「木乃伊取り」「鼠穴」といった古典落語を圓生師匠、古今亭志ん朝師匠、柳家小三治師匠で聞き比べていますが、志ん朝師匠や小三治師匠は圓生師匠の噺の型を忠実に継承しています。

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落語が完璧

圓生師匠の表情、声の出し方、キャラクターの演じ分け、キャラクターへの憑依、全てにおいて非の打ちどころがない。完璧な落語を演じられます。

枕から本題に入るのも実に自然。

圓生師匠のマクラはその時の時代背景、「寝床」といった落語以外の古典芸能の紹介・説明などを織り込みながらすぅーっと本題に入ってくる。その辺が実にうまいです。

圓生師匠の噺は上品で聴きやすいのですが、何というのか凄みがある。目を閉じて聴いているとまるで映画を観ているかのように頭の中のスクリーンに映し出される。

圓生師匠の落語を聴いてると、一人で演じているのに二人で会話しているように思えてくる。キャラクターがたち、演じ分けが実に上手い。噺の流れに無駄がなく、実にスムーズに進行していきます。

圓生師匠には演技力があり、演じ分けされたキャラクターの人物像が実にリアリティ。憑依しているとしかいいようがありません。

そのため聴く側はどんどん引き込まれてしまいます。

古典落語「らくだ」という演目を得意としていましたが、この噺は内容を省略せずに演じると軽く1時間を超え、登場人物も多く、演じ分けが難しいです。

素面(しらふ)のくず屋さんがたまたま通りかかったところにある人物に呼び止められ、酒を飲まされ次第に酔っぱらっていく様は、まるで圓生師匠がくず屋さんに乗り移った、憑依したとしか言いようのない見事なものです。

三遊亭圓生師匠の経歴

三遊亭圓生師匠のプロフィール

  • 1900年9月3日(明治33年)大阪市西区花園町生まれ。名主の家柄で実父と女中の間に生まれる
  • 本名 山崎松尾(やまざきまつお)
  • 幼少期に義太夫の稽古を受ける
  • のちに東京へ移住 子供義太夫の芸人として寄席へ出演する
  • 母が5代目三遊亭圓生と再婚。5代目三遊亭圓生とは義理の親子関係となる
  • 1909年 横浜の寄席で公演に穴が開き、継父の影響で聞き覚えていた落語を口演して場をつなぐ
  • のちに4代目橘屋円蔵に弟子入りし、子供義太夫から落語家に転向する
  • 幼少期から記憶力がよくすぐに噺を覚え師匠や義理の父くらいの落語はすぐにできるとたかをくくっていたが自身の芸の未熟さに愕然とし、必死に稽古に精進する。多数の演目を習得してこれがのちの財産となる
  • 1920年 真打に昇進
  • 継父の五代目三遊亭圓生の死去により、家計を助けるために舞踊家を断念する
  • 1922年(大正11年)4代目三遊亭圓窓を襲名
  • 1925年(大正14年)6代目橘家圓蔵を襲名
  • 1941年(昭和16年)六代目三遊亭圓生を襲名
  • 1945年(昭和20年)満州を慰問。 終戦を満州で迎え、現地で落語界を開き生死ギリギリの生活を送る
  • 帰国後、満州での苦労から笑わせるだけの落語よりも笑いあり涙ありの人情噺が自分には向いていると進むべき道が見えてくる
  • 1953年(昭和28年)ラジオ東京と専属放送契約を結び、人気に火が付き始める
  • 1953年から横浜の本牧亭や人形町末廣で圓生独演会を開催。人気を博し、名実共に人気落語家となる
  • 1960年(昭和35年)芸術祭文部大臣賞を受賞
  • 1965年(昭和40年)落語協会会長に就任
  • 1972年(昭和47年)会長職を柳家小さんに譲り最高顧問に就任。芸術祭大賞を受賞
  • 1973年(昭和48年)御前公演でお神酒徳利(おみきどっくり)』を上演
  • 1978年(昭和53年)落語協会の真打大量昇進に反対して落語協会を脱退。(落語協会分裂騒動)古今亭志ん朝など新会派に参加予定だった主な落語家は落語協会に残る。結局、三遊派一門で落語三遊協会を結成。
  • 1979年(昭和54年)9月3日 千葉県習志野市の商業施設「サンペディック」(現モリシア津田沼)での公演後、心筋梗塞を発症、習志野市内の病院に救急搬送されたが、同日夜、急逝。亨年79歳
  • 出典:ウィキペディア(Wikipedia)三遊亭圓生 (六代目)より抜粋

驚いたことに圓生師匠は大阪生まれなんですね。流暢な江戸弁なので、生粋の江戸っ子だと思ってました。

圓生師匠の父が事業に失敗して、莫大な借金をして、事業を畳んで逃げるように家族で東京に出てきたそうです。

両親が離婚。母が父の残した借金を背負うことになり、家計を助けるために義太夫を習い、4歳の時から義太夫として寄席に出ていたそうです。

三遊亭圓生師匠は、物心ついた時にはすでに寄席に立ち、寄席で育てられた。

芸が身体に染み付いていて、他の者の追随を許さずに圧倒しているのも、幼少期からの経歴に由来しているのかもしれません。

芸への厳しさ

三遊亭圓生師匠はストイックともいうべき芸への厳しさがありました。

役者が役作りをするように、圓生師匠は噺の登場人物に愛情を注ぎ、人物像を徹底的に追求し、高座でそれらしく描写していくことに並々ならぬエネルギーを注ぎました。

非常に稽古熱心で移動の車の中や、睡眠時間を削ってまで稽古に熱中していたそうです。

芸に厳しい圓生師匠は落語協会の会長時代、本当に努力して実力のある者にか真打に昇進させなかった。会長職を柳家小さん師匠に譲ってから方針が変わり、大量の真打を誕生させました。

圓生師匠はこれに反発し、落語協会を脱退して落語三遊協会という新会派を設立しました。

圓生師匠は幼い時から芸の基本をみっちりと叩き込まれているので、たいして努力もしないですぐに真打になれるなんて許せなかったのでしょうね。

今、朝ドラで「ブギウギ」が放送されていて、笠木シズ子、淡谷のり子といった戦中・戦後の芸能界を牽引した歌手が改めて注目されています。

淡谷先生は晩年出演されたものまね番組で悪ふざけが過ぎるものまねタレントを酷評されていました。淡谷先生はクラシック音楽の基礎をみっちり習得された方です。圓生師匠に通じるものがあります。

演目数の凄さ

You Tubeで「三遊亭圓生」と検索したら、演目数の多さに驚きました。

  • らくだ
  • 関口屋ゆすり
  • 淀五郎
  • 猫定
  • 蛙茶番
  • 引っ越しの夢
  • 包丁
  • 唐茄子屋政談
  • 百年目
  • 死神
  • 文七元結
  • 紙入れ
  • 梅若禮三郎
  • 無学者
  • 牡丹灯籠
  • 後家殺し
  • 三井の大黒
  • 質屋庫
  • 浮世風呂
  • 小判一両
  • 夏の医者
  • 汲みたて
  • 茶の湯
  • 錦の袈裟
  • 城木屋
  • めかけ馬
  • 一つ穴
  • 酢豆腐
  • 火事息子
  • がまの油
  • 突き落とし
  • 肝潰し
  • 一人酒盛り
  • てれすこ
  • 夢金
  • 無精床
  • 左甚五郎
  • 百川
  • 鰻のたいこ
  • 山崎屋
  • 八五郎出世
  • 三人旅
  • 首提灯
  • 真景累ヶ淵
  • 転失気
  • 佐々木政談
  • 田能久
  • 湯屋番
  • 浮世床
  • 真田小僧
  • 紺屋高尾
  • 能狂言
  • 子別れ
  • 木乃伊取り
  • 小言幸兵衛
  • 中村仲蔵
  • 雪の瀬川
  • 永代梅
  • 鼠穴
  • 蕎麦の殿様
  • 寄席育ち
  • 遠山政談
  • 寝床
  • お化け長屋
  • 鰍沢
  • 文違い
  • 札所の霊談
  • 松葉屋瀬川
  • 九段目
  • 居残り佐平治
  • 品川心中
  • 鼠穴
  • 質屋庫
  • 小間物屋政談
  • 水神
  • 御神酒徳利
  • 鹿政談
  • 百年目
  • 三十石
  • 紋三郎稲荷
  • 五人廻し
  • 子はかすがい

ここに挙げたのはほんの一部。圓生師匠の演目数は300を超えると言われています。日本の噺家で最多ではないかと言われています。

よくこんなに覚えられるな。どんな頭脳をしているんだろう。凄いです。

圓生師匠の凄さがよくわかる演目

死神

借金まみれでやることなす事何もかもうまくいかないどうしようもない男。自殺を考える。そこへ「死神」と名乗る爺さんが現れる。

圓生師匠が演じる死神の爺さんはなんともいえぬ怖さがあるんです。

古典落語「死神」あらすじ 人生について考えさせられる深い噺を徹底解説
古典落語「死神」のあらすじです。 この「死神」という演目は内容が分かりやすく、落語をあまり聴いたことがない方、落語は難しくて敷居が高いと思っているかたにも是非聴いてもらいたい噺です。 多くの噺家さんが演じていますが、それぞれサゲ(オチ)のバ...

寝床

義太夫語りが大好きな大家の旦那、あまりにも下手なので誰も聴きたがらない。義太夫を披露しようと会を開こうとするがみんななんやかんや言って断ろうとする。

圓生師匠が得意演目としていた演目「寝床」やはり義太夫の基礎があるから説得力が他の噺家とは違いますね。

三遊亭圓生の落語を再評価しよう

間違いなく現在落語界の基礎を作った圓生師匠。私は圓生師匠の高座の動画を繰り返し視聴し、古典落語のすばらしさを堪能しています。

You tubeを見るもよし、「圓生百席」という100以上の演目を収録したCD集が販売されていますので、ぜひ購入してみて圓生師匠の凄さを体感して頂きたいと思います。

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