柳家小三治師匠の十八番古典落語は?なぜ「つい笑ってしまうのか
柳家小三治師匠の落語観と十八番古典落語
柳家小三治の十八番古典落語演目 つい笑ってしまう落語とは?
柳家小三治師匠の落語観「つい笑ってしまう落語」とは?
2021年10月7日に柳家小三治師匠がお亡くなりになりました。もう生の高座では聴けないのですね。とても残念です。心からご冥福をお祈りいたます。
私が落語に目覚めてからしばらくの間小三治師匠の落語ばかり聞いていた時期があります。小三治師匠の落語を聴いて「古典落語って本当に楽しいな」と思ったものです。
小三治師匠の落語は実に基本に忠実。マクラが長いことで有名ですが、本題(噺)に入ると自己流にアレンジすることはありませんし、アドリブで本題から脱線する事もありません。
落語の中に出てくる人物像の描写がしっかりしていて演じ分けがうまい。youtubeの小三治師匠の動画は映像がなく音声だけのものも多いですが、音声だけでも状況がわかるし、どの人物がしゃべっているかもよくわかります。
文七元結や芝浜といった長尺物も得意でまるで映画を観ているように脳のスクリーンに映し出されますが、小三治師匠の真骨頂はむしろ軽めの滑稽噺なのかもしれない。
くだらない滑稽噺も小三治師匠にかかれば重厚な人間ドラマに早変わりです。それでいて小三治師匠の落語を聴いていると「ついなんとなく笑ってしまう」のです。実に不思議です。
この記事はなぜ小三治師匠の落語は聴いていて「つい笑ってしまうのか」その秘密について迫ってみたいと思います。
- 1939年12月17日(昭和14年)東京都新宿区で5人兄弟の末っ子として生まれる。小三治師匠は兄弟姉妹で唯一の男性
- 本名 郡山剛蔵(こおりやまたけぞう)
- 父は小学校の校長
- 1958年 東京都立青山高等学校卒業
- 1959年 五代目柳家小さんに入門
- 前座名 小たけ
- 1963年 二つ目に昇進 さん治を襲名
- 1969年9月 17人抜きで真打に昇進 十代目柳家小三治を襲名
- 1976年 放送演芸大賞受賞
- 1979年 落語協会理事に就任
- 2005年 紫綬褒章受章
- 2010年6月 落語協会会長に就任
- 2014年 旭日小綬章受賞、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定
- 2021年10月7日 心不全のため死去。享年81歳
小三治師匠の真骨頂
日常の何気ない会話や風景を面白い落語に仕立ててしまう。聴いているだけでもその風景や会話している表情が見えてくる。小三治師匠の落語の真骨頂です。
とにかく間の取り方が絶妙で、聴いていてその情景が眼に浮かんできます。さすが名人。
同時代に活躍した古今亭志ん朝師匠や立川談志師匠に比べるとと派手さはない。江戸の雰囲気を前面に出した華麗な芸風の志ん朝、迫力のある芸風の談志。それに比べるとおとなしめの芸風ですが、面白さという点では小三治師匠にはかないません。
青菜という演目があります。小三治師匠の十八番の演目です。
金持ちの屋敷で植栽作業をする貧乏な下町の植木職人。お屋敷のご主人は「ご苦労様」という気持ちでお酒や鯉の洗いをふるまう。植木屋さんはご主人のお金持ちならではの優雅なふるまいに驚きと憧れ・感動の念を抱く。
ご主人は台所にある青菜(小松菜)のおひたしを植木屋さんにふるまおうとして奥様を呼び出し植木屋さんがいる縁側まで届けさせようとする。
奥様は何も持たずに旦那様のいる縁側に来て、「鞍馬から牛若丸が出でましてその名も九郎半眼」と旦那様に伝える。「青菜はもう食べてしまってない」と客人に言うのはみっともないので、上品な洒落言葉に置き換えたのです。
小三治師匠の「青菜」は旦那様と奥様のこの短いやりとりだけでも夫婦愛が伝わってくるような気ばします。
この噺の後半では、植木職人と奥さん、隣人の大工の半公が繰り広げるドタバタ劇。たいていの演者は後半の部分をより面白くしようとします。
しかし小三治師匠は前半の植木職人とお屋敷のご主人との日常会話をより丁寧に描きます。
そのため前半の部分の小三治師匠の描写は植木職人の心情がよく伝わってきますし、前半の部分をより丁寧に描くことで後半の面白さが更に際立ってきます。
ところが他の演者がやるとこのような空気感が感じられないのです。小三治師匠独特の間。まさに名人です。
小三治師匠の落語観
柳家小三治師匠の落語はなぜこんなに面白いのでしょうか?柳家小三治師匠が培ってきた落語観についてまとめました。
「高座の上で生きている人達の会話を聞いてつい笑ってしまう。それが落語だ。落語は笑わせるものではない。客に語り掛けるのはマクラだけでいい。中に出てくる人同士が会話をしなくてはいけない」
「本来の芸とは無理に笑わせるものではない。」
「落語に技術はいらない。棒読みでもよい。心さえあれば棒読みの中にきっちりと現れるし聴いている人に十分に伝わる。言葉を大切にして心さえ持てば、落語そのものが面白いから演者は落語の流れに身を任せておけばよい。」
小三治師匠は御自身の落語観についてこのようにおっしゃっています。
小三治師匠の高座では演者が全面に出て観衆に語り掛けるのはマクラまで。本題に入ったら柳家小三治という演者はどこかに行ってしまって落語の登場人物だけが現れていきいきと動き回る。
間抜けな泥棒、ちょっぴりおバカな与太郎、金持ちで世間知らずのボンボンの若旦那・・・。小三治師匠は落語の中の登場人物の人間性の本質を素直に描写します。
登場人物たちが繰り広げるばかばかしい会話やまぬけな言動、騒動に観客は「こんなやつっているよね」「俺もそうだなあ。なんか似てるな」「こういうことってあるよね」なんて共感して「人間ってなんておもしろいんだろう」とくすっと笑う。
これこそが柳家小三治師匠の落語の真骨頂だと思います。
小三治師匠が落語家になったきっかけ
小三治師匠が落語を演じるうえで心がけている事があるそうです。
物事を下から見る 貧乏長屋に住んでいる熊さん・八っさんの気持ちになって視点を下からしゃがんで見る。
この考え方に至ったのは小三治師匠が育ってきた家庭環境にあるようです。
厳格な家庭環境に育ったせいで、いつも間にか相手の人を上から見てしまう癖がついてしまったそう。小三治師匠は落語を演じるにあたって、視点を下から人を見るように心がけているそうです。そうしないと落語に出てくる貧乏長屋にすむ熊さんや八っさんの気持ちにはなれない。
落語に出会ったのは中学3年生の時。「貧しさの中で落語を聴いている時にとにかく心が満たされた。出会うべくして出会った」
小三治師匠の父親は小学校の校長先生です。5人の子供の中で唯一の男子なのでお父さんからものすごく厳しく育てられたそうです
父はもともとは田舎の代用教員。コツコツ勉強し、大学には行けなかったが師範学校に行って学校の先生になった。日本一の小学校の日本一の校長先生になるために努力を重ねていた。
大学を出なけりゃ人間ではない。一番の高校、一番の大学を出ることが男としてのあるべき姿。東大以外は大学ではない。テストでも常に満点を取ることを求められ95点を取ることも許されなかったそうです。
父が果たせなかった「東大進学」という夢を息子に託したのかもしれません。
そんな父にとって息子が落語家になるなんてもってのほか。とんでもない事。猛反対したそうです。落語家という生き方がこの世にあることを認めない。厳しすぎる父の教育方針に反発するために、小三治師匠は落語家を目指したそうです。
柳家小さん師匠に入門
その後、高校生の時にラジオ番組「しろうと寄席」に出演し、15週連続勝ち抜き。高校を卒業して、東京学芸大学の入試に失敗し、学業を断念。落語家を志し、5代目柳家小さんに入門しました。
師匠の小さんから直接噺の稽古をつけてもらう事はあまりなかったそうですが、小さんは小三治師匠の落語を聴くなりこういったそうです。
おめえの落語はおもしろくねえな
それ以来、「どうすれば落語を面白くする事ができるか」という小三治師匠の落語へのあくなき探求が始まります。
柳家小三治の十八番 古典落語演目
柳家小三治師匠の真骨頂は滑稽噺、人情噺。そのレパートリーの広さには驚きます。
- 青菜
- 死神
- 子別れ
- 芝浜
- 文七元結
- 高砂や
- もう半分
- 居残り佐平次
- らくだ
- 転宅
- 粗忽の釘
- 粗忽長屋
- 付き馬
- 木乃伊取り
- 船徳
- 短命
- 二番煎じ
- 味噌蔵
- 千早振る
- 鼠穴
- 百川
- 禁酒番屋
- 出来心
- あくび指南
柳家小三治の十八番 まくらが面白い
小三治師匠はマクラが抜群に面白い事で有名です。
マクラとは落語の本編に入る前の雑談のような導入部の事で、小三治師匠はマクラが長く、面白い事で有名でした。
柳家小三治師匠は多趣味です。バイク、俳句、オーディオ、スキー、麻雀、ゴルフ、海外旅行・・・。この多彩な趣味をただ齧るのではなく深く追求する。本職の落語だけではなく趣味にも「求道者」としての一面も持ち合わせていました。
バイクは噺家仲間で「転倒虫」というチームを組んで全国各地をツーリングして回っていたし、オーディオの知識もプロ顔負け。
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小三治師匠のすごい点はこの多彩な趣味を落語においてマクラに巧みに取り入れているところ。
バイクが趣味で数台ものバイクを所有しいる小三治師匠ですが、バイクを停めるために借りている駐車場に住み着いたホームレスとの人間味あふれるやり取りを描いた「駐車場物語」や公演の前に買ったドリアンのせいでものすごい騒動になった「ドリアン騒動」など必聴です。
柳家小三治の十八番 まとめ
小三治師匠の落語はマクラは面白いし、古典落語の神髄を味わう事が出来ます。落語初心者の方は、柳家小三治師匠の落語から聴いてみる事をお勧めします。
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